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金沢地方裁判所 昭和33年(ワ)173号 判決 1960年1月22日

原告反訴被告 保志場守一

被告反訴原告 国

訴訟代理人 林倫正 外五名

主文

本訴原告(反訴被告)の請求はいずれもこれを棄却する。

本訴被告(反訴原告)所有の羽咋市粟生町ノの部一番と本訴原告(反訴被告)所有の同市同町シの部三番の二との境界線は別紙見取図の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ワ)(カ)(ヨ)(ヘ)(ホ)(タ)(イ)の各地点を順次結んだ線であることを確定する。

別紙見取図の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ワ)(カ)(ヨ)(ヘ)(ホ)(タ)(イ)の各地点を順次結んだ線に囲繞された地域が本訴被告(反訴原告)の所有であることを確認する。

訴訟費用は、本訴反訴を通じ本訴原告(反訴被告)の負担とする。

事実

(本訴)

一、当事者の申立

本訴原告(反訴被告、以下単に原告と謂う)訴訟代理人は、「本訴被告(反訴原告、以下単に被告と謂う。)は原告に対し別紙第一、二、三目録記載の土地の各所有権はいずれも原告に属することを確認せよ。若し別紙第三目録記載の土地に対する請求が理由ない場合には、被告は、原告に対し、同土地を売渡せ。被告は、原告に対し別紙第四目録記載の土地を売渡せ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、本訴の請求原因

(一)  羽咋市粟生町(旧石川県羽咋郡粟ノ保村字粟生)ノの部一番山林四反一畝四歩及び同粟生町シの部四番山林一町四反五畝一五歩はもと原告所有の山林であつたし、同粟生町シの部三番の二山林七反二五歩は原告所有の山林である。

(二)  原告は、昭和二一年春頃、当時羽咋郡粟ノ保村々長兼農地委員会委員長訴外松永善光から、大東亜戦争のため同村内に疎開居住している人々のために帰農組合を組織したので、その住家を建築すべくその敷地を物色中であるが、若し原告においてその敷地を提供する場合には、その土地を強制買収せしめないとの確約を得たので、同村長及び当時の粟ノ保村農業会長訴外西久明名義のその旨の覚書の交付を受けた上、原告の所有であつた粟生町シの部四番山林の中央部附近所在地域二、四〇〇坪(住家一戸につき一〇〇坪二四戸分)を右帰農組合に賃貸したところ、同組合は原告に無断で一戸につき一二〇坪二四戸分合計二、八八〇坪を宅地に整地すると共に同宅地のため私道五本(全面積二反一畝一一歩)を設置した。

(三)  しかるに被告国は旧自作農創設特別措置法第三〇条により未墾地として昭和二三年三月二日粟生町ノの部一番山林を、昭和二四年一〇月二日前記宅地及び私道を含む粟生町シの部四番山林をそれぞれ強制買収した。

(四)  しかして被告国は、

(1)  前記宅地及び私道を除く粟生町シの部四番山林を分割して別紙第四目録記載のとおり、三三番ないし、四四番の地番を附し、

(2)  前記粟生町シの部四番山林のうち宅地二四筆については、四五番ないし、六六番の地番(別紙第二目録記載の宅地はその一部)を附し、

(3)  前記粟生町シの部四番山林のうち私道五本については、別紙第三目録記載のとおり、仮符号一〇一ないし一〇八を附した。

(五)  前述のとおり、右粟生町シの部四番山林については、原告と粟ノ保村当局との間に、強制買収の対象としない旨の特約が存在したばかりでなく、その一部はすでに宅地及び私道となつていたので原告はこの種の土地は旧自作農創設特別措置法第三〇条により未墾地として買収できないものと考え、同山林の買収につき異議の申立をなしたが、被告国はこれを受理しないで返戻し、その買収登記を完了した。それで原告はその後口頭をもつて石川県に再三善処方を申入れたので、昭和二五年六月頃粟ノ保村役場において当時の県開拓課長、織田主事、県農地委員室木、白山、階戸、粟ノ保村農地委員、帰農組合の代表者、原告等が協議した結果、前記買収にかゝる粟生町シの部四番山林所在の前記宅地のうち一一戸分(一戸につき一〇〇歩、この面積合計一、一〇〇歩)を除くその余の粟生町シの部四番山林地域全部を原告に返還すること、なお右除外の宅地を使用する組合員にして不適格者あるときはその使用する宅地をも返還することに協定(私法上の売買予約が成立した。そこで被告国は、昭和二九年二月一二日、別紙第二、三、四目録記載の宅地、私道及び山林を除くその余の粟生町シの部四番山林地域全部はこれを売渡の形式により原告に返還したが、右第三、四目録記載の土地を返還しなかつたので、原告は被告国に対し、前記協定どおりの返還を求めたところ、被告国はこれに応じないばかりでなく、かえつて原告に対し、すでに返還した土地まで取上げる旨脅迫するに至つた。

しかして前述のとおり、別紙第二、三目録記載の土地は、前記協定の有無に拘わらず、それぞれ宅地及び私道であるから、旧自作農創設特別措置法第三〇条によつて買収することはできないものであり、したがつてこれらに対する被告国の買収は当然無効である結果、その所有権は依然原告に属するものと謂うべきである。

(六)  前記買収にかゝる粟生町ノの部一番の山林は、別紙見取図の(ホ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ニ)の各地点を順次結んだ線で囲繞せられた地域であるのに拘わらず、被告国はこれを開墾せずして別紙第一目録記載の地域(この面積四反三畝一八歩)を開墾しておるが、該地域は原告所有の粟生町シの部三番の二山林に属するものである。

(七)  よつて原告は、被告に対し、別紙第一、二、三目録記載の土地の所有権がいずれも原告に属することの確認を求め、若し右第三目録記載の土地に対する請求が理由ない場合には、前記協定に従い該土地と別紙第四目録記載の土地の売渡を求める。

三、被告の答弁

(一)  原告主張事実中、羽咋市粟生町ノの部一番山林四反一畝四歩及び同粟生町シの部四番山林一町四反五畝一五歩がもと原告の所有山林であり、同粟生町シの部三番の二山林七反二五歩が原告所有の山林であること、粟生町シの部四番山林中央部附近所在地域に帰農組合員が住家を所有し、その土地を整地し、二四戸分の宅地及び開拓道路五本を設置したこと、被告国が旧自作農創設特別措置法第三〇条第一項第一号により、昭和二三年三月二日粟生町ノの部一番山林を、同法同条同項第一号及び第七号により、昭和二四年一〇月二日粟生町シの部四番山林をそれぞれ買収したこと、原告がこの買収処分に対し異議の申立をなしたが被告がこれを受理せずに返戻し、買収登記を嘱託したこと、原告主張の日に石川県開拓課長、織田主事他原告主張の者等が会合したこと、被告が原告主張の土地を、原告に対し売渡しの形式をとつて返還したこと(但しその効力を否認する)は認めるが、その余は否認する。

(二)  原告は、被告に対し、別紙第二目録記載の宅地及び第三目録記載の私道の所有権の確認を求めているが、次の事由により右主張は理由がない。すなわち村長訴外松永善光及び粟ノ保農業会長訴外西久明は旧自作農創設特別措置法に関する権限はなんら有していないから、被告は右訴外人等がなした強制買収しない旨の協約にはなんら制約を受けるものではなく、したがつて右宅地及び私道等の買収は有効である。更に原告は宅地及び私道になつているものは買収できないと主張するが、被告は本件宅地については開拓者等が開発後における営農事業を遂行するために必要な住宅建設用地として、また開拓道路(原告主張の私道)については開拓者等が開発地へ通路として、いずれも必要な土地と認定し、旧自作農創設特別措置法第三〇条第一項第七号により原告より買収したもので、右買収は有効である。

(三)  原告は、別紙第二目録記載の宅地及び第三目録記載の私道の所有権が原告に帰属する旨の主張が理由ないとしても、買収にかゝる粟生町シの部四番山林のうち、宅地一一戸分(一戸につき一〇〇歩、この面積合計一、一〇〇歩)を除くその余の山林地域全部を原告に返還する旨の石川県開拓課長等との間に成立した契約に基いて別紙第三目録記載の私道と第四目録記載の山林との売渡を被告に対して求めるとしているが、仮りにかゝる私法上の契約が成立したとしても、石川県開拓課長等はかゝる私法上の契約を締結する権限を有しないから、かゝる契約は無効である。(なお原告は成立に争いない甲第三号証の二の売渡通知書をもつて被告が買収した粟生町シの部四番山林のうち、地番四九、五一、五三、五四、五五、五九、六〇、六三、六四、六五、六七、六八、三二の土地につき前記私法上の契約に基いて返還を受けているが、右は全く無効である。)

(反訴)

一、当事者の申立

被告訴訟代理人は、主文第二、三項同旨並びに訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、原告訴訟代理人は原告所有の羽咋市粟生町シの部三番の二山林と被告所有の同町ノの部一番山林との境界が別紙見取図の(ホ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ニ)(ホ)の各地点を順次結んだ線であることを確定する。

被告のその余の反訴請求を棄却するとの判決を求めた。

二、反訴の請求原因

粟生町ノの部一番の土地は、被告(所管庁は石川県知事)が旧自作農創設特別措置法第三〇条第一項第一号により、昭和二三年三月二日買収したものであるが、該土地は通称桃山といわれていた山林で、松林であつたのを三〇年前原告が伐採して桑畑にし、更に松苗を植林して山林にした土地である。開拓者がノの部一番を開墾せずしてシの部三番の二の一部約一、六〇〇歩を不法開墾したとの原告の主張は被告の否認するところであり、しかして被告が現に開墾している所は勿論、現に開墾している西側の方で一尺位高くなつている所までがノの部一番であることを主張する理由は、現に開墾している所から西側の方で一尺位高くなつている所までの林相は、整然と植林され、樹令も大体同じようであり、その地続きの西側の山林とは、はつきり区別がつくのみならず、現に残つている植林の方の北側にはしつくいの直径約五尺深さ四尺の立派な肥料溜が残存しており、曽て同所も桑畑であつたことが判るからである。勿論現在開拓者が耕作している(山出又四郎の配分地)内にも右と同質同型態のものが残存していて、被告の主張の通称桃山がノの部一番であること明白である。

更に原告が右ノの部一番の土地を現実に渡すとき、すなわちその頃は植林した松があつたのでこれを第三者に売却し伐採後を、親戚の訴外細道開蔵をしてこの部分がノの部一番であることを指示させたことは、面積の大小は別として、現に開拓者が開墾している所は勿論通称桃山と称した土地全部がノの部一番であることを裏付ける有力な証拠である。

三、原告の答弁

被告所有の羽咋市粟生町ノの部一番の土地が、原告所有の羽咋市粟生町シの部三番の二の土地によつて囲繞されていることは認めるが、その範囲は被告主張の如き別紙見取図の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ワ)(カ)(ヨ)(ヘ)(ホ)(タ)(イ)の各地点を順次結んだ線に囲繞された地域内ではなくして、別紙見取図の(ホ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ニ)(ホ)の各地点を順次連結した線に囲繞された地域内である。

証拠<省略>

理由

羽咋市粟生町ノの部一番山林四反一畝四歩及び同粟生町シの部四番山林一町四反五畝一五歩がもと原告の所有山林であり、同粟住町シの部三番の二山林七反二五歩が原告所有の山林であること、粟生町シの部四番山林中央部附近地域に帰農組合が住家を所有し、その土地を整地し、二四戸分の宅地及び私道(被告は開拓道路と称す)五本を設置したこと、被告が旧自作農創設特前措置法第三〇条第一項第一号により、昭和二三年三月二日原告所有の粟生町ノの部一番山林を、同法同条同項第一号及び第七号により昭和二四年一〇月二日原告所有の粟生町シの部四番山林をそれぞれ買収したこと、原告がこの買収処分に対し異議の申立をなしたが、被告がこれを受理せずに返戻し、買収登記を嘱託したこと、昭和二五年六月頃粟ノ保村役場において、当時の石川県開拓課長、織田主事、県農地委員室木、白山、階戸、粟ノ保村農地委員、帰農組合代表者原告等が会合したこと、被告が昭和二九年二月一二日別紙第二、三、四目録記載の宅地、私道及び山林を除くその余の粟生町シの部四番山林地域全部を原告に対し、売渡の形式によりこれを返還したこと、被告が買収した粟生町ノの部一番の土地が原告所有の粟生町シの部三番の二の土地によつて囲繞されていることは当事者間に争いがない。

そこで先ず被告が原告から買収した粟生町ノの部一番の土地の範囲につき判断する。証人中村松雄の証言同証言によつて真正に成立したものと認め得る乙第一、二号証、証人保志場栄作の証言同証言によつて真正に成立したものと認め得る乙第三号証、証人東海重次郎の証言、同証言によつて真正に成立したものと認め得る乙第四号証並びに検証の結果を総合すると、

(一)  粟生町ノの部一番が、もと原告所有の通称桃山と謂われていた山林で約三〇年前は桑畑であり、桑畑になる前は松林であつたのを原告が伐採して、それから又松苗を植林して山林にした土地であること。

(二)  右桑畑の範囲が別紙見取図の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ワ)(カ)(ヨ)(ヘ)(タ)(イ)の各地点を順次結んだ線に囲繞された地域内であつたことさればその地域の西南隅及び南側中央部に肥料溜(別紙見取図の(カ)(ル)(ハ)各点)が存在して右桑畑に肥料を撒いたこと。

(三)  粟生町ノの部一番山林が昭和二三年三月二日被告から買収されたが樹木は買収の対象になつていなかつたので、原告が別紙見取図の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(タ)(イ)の各地点を順次結んだ線に囲繞された地域内に植林した樹木を伐採してこれを訴外今井勇五郎同北出正信に売却したか、両訴外人が原告が買受けた樹木は、更に別紙見取図の(ホ)(ニ)(ニ´)(ワ)(カ)(ヨ)(ヘ)(ホ)の各地点を順次結んだ線に囲繞された地域内の樹木まで包含していると考えていたらしく、両訴外人がその後訴外東海重次郎方を訪ね、「保志場さん(原告を指す)と木の売買契約をしたが狭いように思う。買収になつた土地だが境界が判らんか」と質ねたこと。

(四)  粟生町ノの部一番山林の買収直後、該山林の原告の差配をしていた訴外細道開蔵が帰農組合の代表者だつた訴外東海重次郎を訪ね、買収の範囲として別紙見取図の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ニ´)(ホ)(タ)(イ)の各地点を順次結んだ線に囲繞された地域内を指示し、他方その地域に杭を打つて縄を張つたこと、帰農組合の開拓者がその指示に従い該地域内をノの部一番山林として開墾耕作したが、その後原告及び右訴外細道からは本訴提起までなんらの異議の申立がなかつたこと、(したがつて少くともこの地域内だけについては原告が買収の対象として承諾していたこと)。

(五)  別紙見取図の(ヨ)、(ヘ)各点を結ぶ線が浅い溝状を呈しており、その線の東側が西側より五、六寸程度低くなつており、西側が下草雑木の繁つた大きい松の自然林であるのに反し、東側が少し空地を隔てゝ西側より小さい松の整然たる樹令の同じ植林であつて、東側と西側とでは林相地形を異にしていること、

(六)  別紙見取図の(イ)点が開墾畑の北東隅でもあり、その開墾畑の東側が松自然林となつていること、(ロ)点が右松自然林の南東隅境界地点となつており、その南方に東西に走る丘陵がありその北側斜面崖下にあること、南側(ロ)(ハ)(ニ)(ワ)(カ)(ヨ)各点を結ぶ線が、その南方に東西に走る丘陵の北側斜面の裾の線をなしており、この線の南側がポプラの木の点在する松自然林となつており北側が平坦地となつていること(ロ)点附近では高さ約一間の崖となつているが、西に進むに従つて順次低くなつていること、(ニ)点には高さ約四寸、二寸角位のコンクリート制標識が打つてあること、(イ)、(タ)各点を結ぶ線が開墾畑の北側の線とその北側を東西に通じる道路の南側線とが接していること、(ホ)(ヘ)各点を結ぶ線の北側が、南側より約一尺高く、しかも下草が生えている松の自然林となつており、南側が下草が殆んど生えていない植林であること。

(七)  別紙見取図(ト)点が境界線と目すべきものなく、(ヘ)(ト)間の自然林が同一林相であること、(チ)点が境界標と目すべきものなく、(チ)(ト)点を結ぶ線の東西両側において自然林の林相地形上の差異が認め難いこと、(リ)点には直径約八寸の松立木があるか、該地点附近は松林で他の松立木と比較し特に境界木とみるべき特徴を備えていないこと、(リ)(ヌ)点を結ぶ線は松林の丘陵の斜面を横断していてその両側において林相地形の差異が認められないこと。

を認めるに足りる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前顕各証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。しかして右認定事実によると、被告所有の粟生町ノの部一番の範囲は別紙見取図の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ワ)(カ)(ヨ)(ヘ)(ホ)(タ)(イ)の各地点を順次結んだ線に囲繞された地域内であることが認められ、且つ粟生町ノの部一番が原告所有の同町シの部三番の二によつて囲繞されていることは当事者間に争いないから、粟生町ノの部一番と原告所有の同町シの部三番の二との境界線が別紙見取図の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ワ)(カ)(ヨ)(ヘ)(ホ)(タ)(イ)の各地点を順次結んだ線であることが認められる。したがつて被告の反訴請求は理由があり、これに反し右認定に反する別紙見取図の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ニ´)(ホ)(タ)(イ)の各点を結ぶ線で囲繞された地域の所有権が原告に属することの確認を求める原告の本訴請求は理由がない。

次に成立に争いない甲第五、八号証、甲第一〇号の一、証人松永善光の証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、昭和二一年二月二五日原告が当時石川県羽咋郡粟ノ保村々長兼農地委員会委員長訴外松永善光から大東亜戦争のため同村内に疎開居住している人々のために帰農組合を組織したのでその住家を建築すべくその敷地を物色中であるが、若し原告においてその敷地を提供する場合にはその土地を強制買収せしめないとの確約を得たので、右松永及び当時の粟ノ保村農業会長訴外西久明両名名義のその旨の覚書の交付を受けた上、原告の所有であつた羽咋市粟生町シの部四番山林の中央部附近所在地域約二、四〇〇坪(住家一戸につき一〇〇坪二四戸分)を右帰農組合に賃貸したこと、同組合が原告に無断で一戸につき一二〇坪二四戸分合計二、八八〇坪を宅地に整地すると共に同宅地のため私道五本(全面積二反一畝一一歩)を設置したこと、しかるに被告が旧自作農創設特別措置法第三〇条により昭和二四年一〇月二日前記宅地及び私道を含む粟生町シの部四番山林を未墾地として強制買収したこと(被告が本件宅地については開拓者等が開発後における営農事業を遂行するために必要な住宅建設用地として、また私道については開拓者等が開発地への通路すなわち開拓道路として、いずれも必要な土地と認定し、同法同条第一項第七号により原告より買収したこと)被告が粟生町シの部四番山林のうち宅地二四筆については四五番ないし六六番の地番(別紙第二目録記載の宅地はその一部)を附し、粟生町シの部四番山林のうち私道五本については、別紙第三目録記載のとおり仮符号一〇一ないし一〇八を附し、前記宅地及び私道を除く粟生町シの部四番山林を分割して別紙第四目録記載のとおり、三三番ないし四四番の地番を附したことを認めるに足りる。しかして原告は前認定のとおり別紙第二目録記載の宅地及び第三目録記載の私道については、原告と訴外松永善光同西久明との間に強制買収しない旨の協約があつたから、右協約に違反するその強制買収は無効であると主張するけれども、右訴外両名は旧自作農創設特別措置法に関するなんらの権限を有しないから被告は右訴外両名がなした強制買収しない旨の協約にはなんらの制約を受けるものではなく、したがつて右宅地及び私道等の買収は有効であつて右主張は理由がない。更に原告は右宅地及び私道になつているものは買収できないと主張するけれども、前認定のとおり、被告は本件宅地については開拓者等が開発後における営農事業を遂行するために必要な住宅建設用地として、また私道については開拓者等が開発地への通路としていずれも必要な土地と認定し、旧自作農創設特別措置法第三〇条第一項第七号により買収したものであるから右認定が県農業委員会の裁量行為と解すべきで、しかもそれが重大かつ明白な不正不当等のかしあるものであると認むべきなんらの証拠のない本件買収にあつては、右買収は有効であり、したがつて右原告の主張は理由がない。

よつて被告に対し、別紙第二、三目録記載の土地の各所有権がいずれも原告に属することの確認を求める原告の本訴請求は理由がない。

最後に成立に争いない甲第三号証の一ないし三、甲第四号証、証人織田鼎、同山本利行同臼井正己の各証言並びに原告本人尋問の結果を総合すると、原告が粟生町シの部四番山林については原告と粟ノ保村当局との間に強制買収の対象としない旨の特約が存在したばかりでなく、その一部はすでに宅地および私道となつていたので、原告はこの種の土地は旧自作農創設特別措置法第三〇条により未墾地として買収できないものと考え、同山林の買収につき異議の申立をなしたが、被告がこれを受理しないで返戻し、その買収登記を完了したこと、それで原告がその後口頭をもつて石川県に再三善処方を申入れたので、昭和二五年六月頃粟ノ保村役場において当時の石川県開拓課長臼井正己、織田主事、県農地委員階戸二郎、同室木某、白山某、粟ノ保農地委員帰農組合の代表者、原告等が協議した結果、前記買収にかゝる粟生町シの部四番山林所在の宅地のうち一一戸分(一戸につき一〇〇歩、この面積合計一、一〇〇歩)を除くその余の粟生町シの部四番山林地域全部を原告に返還すること、なお右除外宅地を使用する組合員にして不適格者あるときはその使用する宅地をも返還することに協定が成立したこと、そこで被告が右協定に基いて昭和二九年二月一二日別紙第二、三、四目録記載の宅地、私道及び山林を除くその余の粟生町シの部四番山林地域全部はこれを売渡の形式により原告に返還したが(宅地のうち地番四九、五一、五三、五四、五五、五九、六〇、六三、六四、六五、六七、六八、三二を返還した)、右第三、四目録記載の土地を返還しなかつたこと、原告が被告に対し右協定どおりの返還を求めたが、被告が、これに応じないことを認めるに足りる。しかして原告は、被告は右協定に基いて別紙第三目録記載の私道と第四目録記載の山林を原告に対し売渡すべきであると主張するけれども、右協定は石川県開拓課長等と原告との間の私法上の契約であると解すべきところ、石川県開拓課長はかゝる私法上の契約を締結する権限を有しないから、かゝる契約は無効である。よつて被告に対し、別紙第三、四目録記載の私道及び山林の売渡を求める原告の本訴請求は理由がない。

よつて原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用は民事訴訟法第八九条を適用して、本訴反訴を通じ敗訴した原告の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田正武 高橋和夫 松沢二郎)

第一目録

当審証拠調(昭和三三年一一月七日)調書添付見取図の(イ)(ロ)(ハ)(ニ´)(ニ)(ホ)(タ)(イ)の各地点間を順次連結した線に囲繞せられた地域四反三畝一八歩 以上

第二目録

所在地    見込地番 地目 面積(公簿) 面積(実測)

羽咋市粟生町シの部  四五  宅地  一〇〇坪   一二〇坪

〃         四六  〃    〃      〃

〃         四七  〃    〃      〃

〃         四八  〃    〃      〃

〃         五〇  〃    〃      〃

〃         五二  〃    〃      〃

〃         五六  〃    〃      〃

〃         五七  〃    〃      〃

〃         五八  〃    〃      〃

〃         六一  〃    〃      〃

〃         六二  〃    〃      〃

〃         六六  〃    一〇     一〇

一、一一〇  一、三三〇

第三目録

所在地      仮符号   地目   面積

羽咋市粟生町シ部 一〇一 一〇五 私道  一畝一三歩

〃     一〇二 一〇六 〃   三 一八

〃     一〇三 一〇七 〃   一 一三

〃     一〇四     〃   九 一六

〃     一〇八     〃   五 一一

計                二一、一一

第四目録

所在地    見込地番 地目  面積

羽咋市粟生町シ部  三三  山林 二畝〇五歩

〃      三四  〃    〃

〃      三五  〃    〃

〃      三六  〃    〃

〃      三七  〃    〃

〃      三八  〃    〃

〃      三九  〃    〃

〃      四〇  〃    〃

〃      四一  〃    〃

〃      四二  〃    〃

〃      四三  〃    〃

〃      四四  〃    〃

計            二八 二〇

調書添付見取図<省略>

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